大判例

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大阪地方裁判所 昭和56年(わ)1700号 判決

主文

被告人を懲役五年に処する。

未決勾留日数中二五〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、暴力団山口組系〓井組(組長〓井健助)の舎弟頭であるが、

第一  同組舎弟吉峯道博、同組若頭白辰男、同組組員裏辻正之らと共謀のうえ、かねて同組において貸し付けていた賭場の開帳資金の返済をめぐつて金銭上のもつれを生じていた山口組系中川組幹部巌明臣(昭和九年三月生)に対し暴行・脅迫を加えて無理矢理車に連れ込んだうえ箕面市にある〓井組長の情婦方にら致して右の金銭上のもつれを有利に解決しようと企て、昭和五五年二月八日午後五時前ころ、大阪市東区糸屋町二丁目三〇番地の一喫茶店ドムに同人を呼び出したうえ同店前路上に停車中の普通乗用車に乗せようとしたところ、同人が乗車を拒否して暴れたため、右白及び裏辻において、右共謀を超え殺意をもつて意思相通じ裏辻が所携の刺身庖丁(刃体の長さ約一七・五センチメートル)で右巌の左側胸部、左前胸部、左大腿部等をめつた突きし、その場に転倒した右巌を右乗用車の後部座席に押し込み箕面市に向け大阪市内を進行中の同車内において右巌が声を上げるのを制止すべく裏辻において右刺身庖丁で右巌の右大腿部を数回突き刺して暴行を加え、間もなく同車内において、同人を前記左前胸部(心臓)刺創に基づく出血失血により死亡させるに至らせ

第二  法定の除外事由がないのに、同日午後五時過ぎころ、同市北区西天満三丁目五番地先の交差点付近路上において、三八口径回転弾倉式けん銃一丁及び火薬類である同けん銃用実包四発を所持し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法六〇条、二〇五条一項に、判示第二の所為のうち、けん銃を所持した点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、実包を所持した点は火薬類取締法五九条二号、二一条にそれぞれ該当するところ、判示第二のけん銃所持と実包所持は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重いけん銃不法所持の罪の刑で処断することとし所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役五年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち二五〇日を右の刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを全部被告人に負担させることとする。

(検察官及び弁護人の主張に対する判断)

一、検察官は、本件公訴事実において被告人は、白辰男、吉峯道博、裏辻正之らと共謀して被害者巌明臣を殺害したものである旨主張し、弁護人は、被告人には右被害者を殺害することについて犯意も共謀関係もなく、また実行行為に及んだ事実もないと各主張する。

二、そこで以下に検討を加えるに

(一)  関係証拠を総合すると、判示第一記載の日時、同記載の喫茶店ドムの店内において被告人と吉峯道博の両名が被害者と会つていたところ、被告人に同行していて店外にいた白辰男が店内に入り被害者を連れ出したうえそのまま立ち去ろうとした同人を引き止めた際抵抗されたため同店前路上にいた裏辻正之と共同し、白が背後から組み付き、裏辻が判示のとおり刃体の長さ約一七・五センチメートルの刺身庖丁で被害者の左側胸部、左前胸部、左大腿部等をめつた突きにし、その場に転倒した同人を判示車両に押し込んで発進させ、さらにその車内において裏辻が右刺身庖丁で被害者の右大腿部を数回突き刺し、間もなく同人をして左前胸部(心臓)刺創に基づき出血失血死させた事実が肯認され、右白及び裏辻の犯行態様、兇器の形状、傷害の部位、程度に徴すれば白及び裏辻の両名が殺意をもつて右犯行に及んだものと認めるのが相当である。

(二)  ところで被告人は右認定のとおり本件発生当時喫茶ドムの店内にいて本件殺人の実行行為自体には直接加担した形跡が認められないところ、検察官は本件は〓井組が被害者に貸付けた貸金の返済問題に端を発した暴力団組員特有の殺傷事件であつて貸金の返済問題よりも〓井組の面子にかけ組の組織をあげての犯行であり、被告人は〓井組の一員として組員の白や裏辻が本件兇器を準備し被害者が抵抗すれば殺害する意思を有していることを知つてこれに同意したうえ、右白、裏辻らに同行し被害者と面会するため本件犯行現場に至つたものであつて、本件被害者の殺害について白、裏辻らと共謀関係があつた旨主張し、弁護人は被告人は単に被害者と話し合いをするため本件犯行現場に赴いたもので、本件において被告人は白らが本件刺身庖丁で被害者に致命傷を負わしめたのち同人を乗用車に押し込む際にこれに加担しただけであり、事前に白らとの間で被害者に暴行を加えることの共謀を遂げた事実もないから本件被害者の死亡についてその責任を負わないと主張するのであるが、関係証拠を総合すると、次の事実が認められる。すなわち

1 被告人は昭和四九年ころに山口組系正路組内〓井組(組長〓井健助)の舎弟となつたが、それまでは、戦後から一貫していわゆる一匹狼の存在で暴力団組員らと交わつて来たもので〓井組の舎弟となつたのも組長の〓井健助と親しく付き合つていた関係で同人から頼まれたからであつて同組の他の組員とは立場を異にし、また山口組系中川組の幹部であつた被害者とも〓井組の舎弟となる前から親交していた仲であつたこと

2 これに対し吉峯は同組の舎弟ではあるが、いつたん不義理があつて同組を離れ、本件発生の三ケ月程前に組長の許しを得て同組に復帰したものであり、また白は当初から同組に加入し本件当時若頭の地位に就いていたもの、裏辻は同組の組員、熊谷純一郎は組長の運転手として雇われていたものであること

3 本件発生の発端となつた貸金は、もともと被害者が昭和五四年一〇月ころ白に対し賭博場を開帳する資金に充てるため期限を翌昭和五五年二月末ころとし利息を支払うほか寺銭を折半するとの約束で一〇〇〇万円の貸与方を申し込み、白が右寺銭を〓井組の資金に充てようとして組長の〓井健助に取次ぎ、同組長の所有不動産を担保に金融屋から右金員を借り受けて被害者に貸し付けたものであり、またそれまで同組を離れていた吉峯を呼び寄せて右寺銭の徴収に当らせることにしたこと

4 しかし被害者は賭博場を二回開帳しただけでその後開帳しないのみか利息の支払をしないまま所在すら明らかにしようとしなかつたため同五五年一月になつて〓井組の組内においても組員の集会等で問題となつたものの、直接的にはその渉に当つていて被害者の右のような態度に立腹していた白と吉峯の両名が被害者の所在を探していたもので同月末ころようやく被害者から翌二月二〇日までに清算する旨の約束をとりつけることができたが、〓井組長からその旨を書面にするか、即時返済するかのいずれかの措置をとるよう指示された結果その頃から被告人を含む組員らが被害者の行方を探し右の措置をとろうとするに至つたこと

5 そのため被告人や吉峯、白らの組員は同年二月七日午後一一時ころ〓井組長の情婦から被害者が同人の経営するスナツクセブンにいるとの通報を受けるやそれぞれ相前後して同所に赴き、先きに到着した吉峯、白の両名が前記貸金の件で被害者を詰問し口論となる事態となつたが、その際にも遅れて到着した被告人が両者の間をとりなしその場から被害者を連れ出して右貸金について担保を提供するよう穏やかに交渉する等他の組員と異つた態度に出ており、その際同人からその回答を翌八日午後四時ころに喫茶店メガロでする旨の約束をさせたこと

6 〓井組長は同月八日払暁右の交渉結果を箕面市にある杉谷マンシヨンの情婦方で被告人及び白の両名から知らされたが、その際何故被害者を連れて来なかつたかといつて激怒し、また同日中〓井組事務所においても二度にわたつて組員らに対し被害者を連れて来るよう指示していたため、被告人や吉峯、白らは引き続いて被害者を探し回つたものの結局発見できず被告人が約束した同日午後四時まで待つことにしていたところ、その間に被告人や吉峯、白らは〓井組長の決意の程を知り「今日はどんなことがあつても巌のおつさんをチヤブつていわしてしまわないかん」「道具はちやんと段取りする」等と話し合いその際暴行脅迫を含めいかなる手段を講じてでも被害者を〓井組長の下まで連行することの意思を相通じたこと

7 その結果同日午後三時過ぎころ、被告人、吉峯、白、裏辻の四名は熊谷の運転する乗用車に乗つて前記喫茶店メガロに向けて出発したが、本件で使用された刺身庖丁やその際持参していた本件けん銃は白が前記のとおり〓井組長の情婦方で同組長に被害者との交渉結果を報告した際同組長から被害者との話し合いを被告人にさせたといつて叱責され激しく殴打されたことがあつたため個人的に被害者に対し激しい憤りを抱いており同人を連れ出すに際し抵抗されれば使用する目的で独断で秘かに準備し右乗用車内に隠匿していたものであり、被告人は出発に際し「巌を車に乗せたらロープでくくつて組長の女のところへ連れて行け」と指示し単にロープを準備するように命じたに過ぎなかつたこと

8 しかも右喫茶店メガロに到着した際被告人は白と裏辻の両名に対し合図をするまでは車内で待機するように指示して下車しており、また同所から被害者の配下の者の案内で判示喫茶店ドムに至つたときも吉峯だけを伴い間もなくやつて来た被害者と一緒に同店に入つていたものであつて、その後入つて来た白がいきなり被害者を店外に誘い出し、被告人が店内にとどまつている間に前認定のとおり裏辻と共同して刺身包丁でめつた突きにしたものであり、さらに間もなく被告人も店外に出て判示のとおり被害者を乗用車に押し込んだもののその後は当初の計画どおり同人を〓井組長の情婦宅まで連行しようとして同車を出発させており、最終的にはその車内で被害者を死亡させるに至つたのであるが、その間においても被告人は被害者が出血しているのを認めておりながら生命の危険の有無について全く関心を示しておらず、途中大阪市内で組長に連絡するからといつて単身下車していたこと

の各事実が認められるのであつて右認定にそう吉峯、白、裏辻、熊谷及び被告人の捜査官に対する各供述は大筋において一致するほか、関係証拠によつて認められる客観的事実とも矛盾しないからその信用性は高いと認められ、右認定に反する同人らの当公判廷における供述部分は措信できない。

三  以上認定の事実関係、特に本件発生に至るまでの経緯、被告人と〓井組長及び被害者との間のこれまでの関係、本件貸金問題に対する被告人の立場、本件に至るまでに被告人のとつた被害者との間の交渉状況、本件発生直前における〓井組長の態度や白らの言動、本件現場に向う際の被告人の指示状況や犯行後の言動等の事情に徴すると、被害者に対する殺害行為は同人に対し個人的に激しい憤りを抱いていた白と白の意思を体した裏辻の両名が抵抗する被害者を見てとつさに殺意を通じて犯したものであり、本件において被告人の意図するところは、弁護人が主張するような被害者との間の話し合いをすることにとどまるものではなく、被害者の強制連行でありその手段としては同人に対し暴行、脅迫を加えるだけではなく傷害を負わせることも辞さないとするものであると認めるのが相当であり、それ以上に被害者を殺害することまで意図していたとすることについては疑いを抱かざるを得ない。

従つて本件において被告人が本件犯行現場に至り被害者と出会うまでの間において白や裏辻との間で検察官が主張するように被害者殺害の共謀を遂げたとする点は被害者の抵抗という条件付であることを含めてもその事実を肯認することは困難であり、検察官の主張は採用できない。

もつとも本件においては証拠上前認定のとおり事前に被告人が白らにおいてなんらかの兇器を準備していることを予知しているような状況があつたほか、被告人自身が〓井組の事務所内で本件の刺身庖丁を現認し、あるいは喫茶店メガロに向けて出発するに際し白や裏辻に対し「話がつかないときはやつてしまえ」と申し向け、さらに進行中の車内において白との間で「あかんときはヤツパもチヤカも用意しています」とか「お前はけん銃の撃ち方を知つとるんか」とかいつた会話が交わされ、また同乗していた裏辻と吉峯の間でも「刺すときはまつ直ぐ刺せよ」という会話が交わされていた事実があり、また、事後において車中における裏辻の判示のような刺傷行為を黙認していた事実のあることが肯認されるけれども、右のような状況も前認定のように連行の目的を遂げるため被害者に傷害を負わせることをも辞さないという被告人の意図の下においては不自然でも矛盾するものでもないと考えられるから被告人において検察官主張のような共謀関係があることを裏付ける事実とはなり難く、被告人の捜査官に対する供述中右のような状況下で被告人自身に未必の殺意のあつたことを肯定した趣旨の供述部分は前認定の事実関係に照らしとうてい措信し難い。

五  さすれば被告人が白や裏辻との間で事前に前認定のような共謀を遂げている以上右白や裏辻において殺意をもつて被害者を殺害するに至つた本件においても被告人について殺人罪の共同正犯と傷害致死罪の共同正犯の構成要件が重なり合う限度で軽い傷害致死罪の共同正犯が成立すると解するのが相当であり、弁護人の前記主張も採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

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